菩薩は御者に車を御させて城外へ遊びに出た。
東門を出たとき一人の老人を見て御者に尋ね、人は誰も老いを免れないと知り、憂いながら王宮に戻った。 大正蔵
国王は彼を楽しませようと、さまざまな享楽を増やした。
その後、菩薩はさらに病人、死者を順に見て、最後に頭を剃り、出家者の衣をまとい、を持ってうつむいて歩く出家者を見て、繰り返し讃嘆し、出家の願いを起こした。 大正蔵
この出来事は漢訳『五分律』と『根本説一切有部律』に見え、のパーリ経典自身には仏陀の出遊の物語は記されていない。
異なる記載
年齢:漢訳『五分律』と仏伝『太子瑞応本起経』は十四歳とする。
『過去現在因果経』『修行本起経』は十七歳で妃を迎えた後に置く。
『仏本行集経』は太子が宮中で十年享楽した後、二十九歳の出家直前ごろに置く。
南伝の後世の註釈書も出家の直前に置き、二十九歳出家によれば二十九歳となる。
記載の相違をさらに見る(3)
神の変化:多くの仏伝と南伝の後世の註釈書は、これらの老人や病人などは神が姿を変えたものとする。
漢訳『五分律』と『根本説一切有部律』にはそのような記述はない。
女性の詩句:漢訳『五分律』によれば、ある女性が菩薩を見てを唱え、「女人有此婿、楽過於泥洹」(このような夫を持つ女性は、にまさる楽しみを得る)と讃え、菩薩は「泥洹」(すなわち涅槃、煩悩の止んだ境地)の語を聞いて喜んだ。 大正蔵
南伝の後世の註釈書にも一人の女性が偈を唱える同様の場面がある。
順序:漢訳『根本説一切有部律』は出遊を耕作を見て禅定に入る出来事の前に置く。
多くの仏伝は妃を迎えた後、出家の直前に置く。
時期
仏陀十四歳。
この年齢は漢訳『五分律』と仏伝『太子瑞応本起経』が明記する。
ほかの記載は十七歳以後または出家の直前に置く。
年は不確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
漢訳『五分律』、漢訳『根本説一切有部毘奈耶破僧事』の二部派に記載があり、二派記載に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:年は不確定。
出典
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.101b–102a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.113a–c
- 大正藏大正藏 T02 no.99 p.167a
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.466b
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.474b
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.569c
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.629c
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.719c
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.943c
- 巴利註解書巴利註釋 Ja-a
- パーリ三蔵巴利 DN 14:2.2.1
- パーリ三蔵巴利 AN 3.39:3.1
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.101b
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.629b
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.465b
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.466a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.707a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.716b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.101b–c
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.102a
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.101c
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.113b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.114a