南伝『中部』の記載によれば、仏陀がサーヴァッティーの祇園に住んでいたとき、パセーナディ王の領内に大盗賊アングリマーラがいて、人を殺しては指を取って花鬘に連ねていた。 大正蔵
パーリ三蔵
仏陀は乞食の後、一人で彼の出没する道を歩く。
アングリマーラは刀を持って追いかけるがどうしても追いつけず、「止まれ、出家者」と叫ぶ。
仏陀は「私はすでに止まっている。あなたも止まるべきだ」と答える。
アングリマーラは刀を捨てて出家を願い、仏陀は「善来」(仏陀自身の「来たれ、比丘よ」の一言で僧団に受け入れること)によって彼を受け入れ、彼はのちにを得た。 パーリ三蔵
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パセーナディ王は兵を率いて祇園へ彼を捕らえに来るが、彼がすでに出家者となっているのを見て大いに驚き、供養したいと申し出る。
異なる記載
場所:南伝『中部』と漢訳『増一阿含経』はサーヴァッティーの祇園とし、漢訳『雑阿含経』は央瞿多羅国のある林とし、漢訳『別訳雑阿含経』はマガダ国の桃河の林とする。 大正蔵
ほかの出典(1 件)
記載の相違をさらに見る(2)
仏陀の答え:南伝『中部』は「私はすでに止まっている」とし、漢訳『雑阿含経』は「私はずっと止まっている。止まっていないのはあなた自身だ」とし、『別訳雑阿含経』も用語が近い。
南伝パーリ律典はこの出来事を縁起として、悪名が世間に知られた盗賊は出家できないと定める。
漢訳『四分律』の戒序も偈句でアングリマーラに触れる。
時期
年は不確定で、しかも可能性のある年が一つもない。
経典、律典、後世の註釈書のいずれも、この出来事が成道第何年に起きたかを記していないため、年齢も推算できない。
現代の辞典の「第二十年」説は原典の出所が見つからず、可能性のある年には挙げない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典と漢訳『雑阿含経』の二部派に記載があり、二派記載に属する。
- 年の根拠と時間の精度
年の出典は記されていない。
時間の精度:年は不確定。
出典
- パーリ三蔵巴利 MN 86:1.2
- パーリ三蔵巴利 Thag 16.8経典の冒頭
- 大正藏大正藏 T02 no.99 p.280c
- 大正藏大正藏 T02 no.100 p.378b
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.719b
- 大正藏大正藏 T04 no.194 p.134c
- 大正藏大正藏 T04 no.202 p.423b
- パーリ三蔵巴利律 Kd 1:41.1.1–41.1.7
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.568b
- 大正藏大正藏 T24 no.1462 p.697b
- 大正藏大正藏 T24 no.1462 p.718a
- 巴利註解書巴利註釋 MN-a
- 巴利註解書巴利註釋 Thag-a
- 巴利註解書巴利註釋 Ja-a,§370
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本:aimwell.org DPPN
- 大正藏大正藏 T02 no.120 p.520b
- 大正藏大正藏 T04 no.193経典の冒頭
- 大正藏大正藏 T04 no.193 p.82b