本項は、仏陀がすでに年老いた、あるいは八十歳であると経典が明記する段落を集める。
南伝『中部』第 12 経で仏陀はヴェーサーリー城外でサーリプッタに自分はすでに八十歳だと語る。 パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
南伝『相応部』ではアーナンダが仏陀を按摩し、仏陀の皮膚はたるみ、身体は前に傾き、感官は衰えたと語る。 パーリ三蔵
漢訳『増一阿含経』のいくつかの経は、仏陀が自分は「八十を過ぎた」「八十に近い」と語り、教えをマハーカッサパとアーナンダに託したと記す。 大正蔵
漢訳『根本説一切有部律・破僧事』も、仏陀が婆羅村で自分は年老いて体が衰え、説法する力がもうないと語ったと記す。
異なる記載
南伝『中部』第 12 経は仏陀が自分は八十歳だと語ったと記し、経中ではまた侍者ナーガサマーラが背後で仏陀に扇を扇いでいる。
しかし南伝の後世の註釈書はナーガサマーラを成道後二十年間の侍者とし、二つの説が並び立つ。
記載の相違をさらに見る(2)
用語はそれぞれ異なる。
漢訳『増一阿含経』は一経で「八十を過ぎた」、一経で「すでに八十に近い」、別の一経で「八十余りに近い」とする。
漢訳『増一阿含経』にはまたサーリプッタが「生まれてから今まで八十に近い」と語る箇所があるが、それはサーリプッタ自身の年齢であり、仏陀の年齢には数えない。
サーリプッタが神の言葉として仏陀は「八十に近い」と伝える段は、成道第 45 年のサーリプッタの項を参照。
時期
年は不確定。
字義どおり八十歳で計算すれば、語られた時期は成道第 44 年(仏陀七十八歳)から第 45 年(七十九歳から八十歳)の間に当たる。
「八十に近い」の類の言葉は第 44 年まで早められる。
年齢は経典が明記しているが、各経の間にたどれる前後の順序がなく、年齢からこの範囲を換算できるだけである。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「MN 12」の節は、南伝パーリ経典のみに記載があり、単派記載に属する。
そのうち「SN 48.41」は南伝パーリ経典のみに記載があり、「破僧事の婆羅村の段」は漢訳『根本説一切有部毘奈耶破僧事』のみに記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
年齢からの換算(仏陀の年齢から換算した)。
時間の精度:年は不確定。
出典
- パーリ三蔵巴利 MN 12:1.2
- パーリ三蔵巴利 MN 12:64.1
- パーリ三蔵巴利 SN 48.41:1.2–2.4
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.637a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.746a–b
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.787c–789a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.640a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.713a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.166c
- 巴利註解書巴利註釋 MN-a,§162