遊行者スバッダは仏陀が今夜すると聞き、駆けつけて六人の外道の師の説について尋ねようとする。 パーリ三蔵
アーナンダは三度遮るが、仏陀は彼を通す。 大正蔵
仏陀は、を具えた教えの中にのみ四種の証悟の段階があると説く。 大正蔵
ほかの出典(1 件)
パーリ三蔵
スバッダは出家を願い、その夜のうちにを証得する。 パーリ三蔵
仏陀が最後に自ら教化した弟子である。 大正蔵
異なる記載
漢訳『遊行経』など多数の漢訳本と蔵訳律典は、彼が阿羅漢を証得した後、仏陀より先に入滅したとする。
南伝パーリ経典はそうは述べない。
記載の相違をさらに見る(3)
年齢:漢訳の多くの本と蔵訳律典はスバッダを百二十歳とする。 大正蔵
南伝パーリ経典は記さない。
仏陀が自ら語った出家の年数:南伝パーリ経典は二十九歳で出家して今に至るまで五十余年とする。
漢訳『別訳雑阿含経』は三十一歳で出家したとし、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』は四十九年教化したとする。 大正蔵
南伝の後世の註釈書は、アーナンダがまず彼を剃髪してを授け、その後に仏陀が具足戒を授けたとする。
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、後、入滅の当夜。
当夜は経典の明記により、後世の註釈書は中夜とし、この夜まで確定できる。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「スバッダの出家」の節は、南伝パーリ経典、漢訳『長阿含経』、漢訳『根本説一切有部毘奈耶雑事』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』、漢訳三巻本『大般涅槃経』の五部派に記載があり、多部派共伝に属する。
そのうち「仏陀より先に入滅する」は四部派に記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 279a6–282b4
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.204a
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.171c
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.187a
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 279a6–279a7
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 282b2
- パーリ三蔵巴利 DN 16:5.23.1–5.30.8
- パーリ三蔵巴利 DN 16:5.27.5–5.27.7
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.25a–b
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.25a
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.25b
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.171c–172b
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.187b–188a
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.203b–204b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.396a–397a
- 大正藏大正藏 T02 no.100 p.413b–c
- 大正藏大正藏 T02 no.100 p.413c
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.752a–c
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.47a–c
- 大正藏大正藏 T04 no.193 p.106b
- パーリ三蔵巴利 DN 16経典の冒頭
- SuttaCentral 對應表SuttaCentral 對應表 sf245#wal40.29–40.30
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本
- 巴利註解書巴利註釋 Sv,§198
- パーリ三蔵巴利 DN 16:5.30.4–5.30.8
- 巴利註解書巴利註釋 Sv,§214
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.172a–b
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.187c–188a
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.204b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.397a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.752c
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.47c