この年は仏陀の最後の一年で、七十九歳から八十歳(経典の多くは八十歳とし、七十九歳と記すものもある)。
仏陀はラージャガハを出発し、パータリプッタを経てガンジス川を渡り、ヴェーサーリーに至り、ベールヴァ村で最後のを過ごし、雨安居中に重病を患う。
雨安居の後、ヴェーサーリーで三か月後のを宣言し、さらに多くの村を経てパーヴァーで鍛冶屋の子チュンダの最後の供養を受け、最後にクシナーラーの二本の沙羅樹(高く伸びる樹の一種)の間で入滅する。
この年の諸事は主としての『大般涅槃経』と漢訳『遊行経』など最後の旅を記す経典に従って配列する。
各本の宿駅の名と順序は完全には一致せず、ここでは多数の記載に共通する宿駅に従って配列する。
この年の雨安居
最後の雨安居はヴェーサーリー近郊のベールヴァ村で過ごす。
これは南伝『大般涅槃経』など多数の経典の記載である。
後世の註釈書の字面はサーヴァッティーと記し、漢訳『僧伽羅刹所集経』は跋祇(すなわちヴァッジ)領内の毘将村と記す。
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