マッラ族は遺骨を金の瓶に納めて城に迎え入れて供養し、兵を派遣して守護する。
南伝パーリ経典は、集会堂で槍の陣と弓の陣によって七日間守護したとする。 パーリ三蔵
異なる記載
安置の場所:漢訳『仏般泥洹経』は宮中の正殿、漢訳『般泥洹経』は大殿、漢訳『根本説一切有部律』は妙堂、漢訳『十誦律』は新しい論義堂とする。 大正蔵
漢訳『遊行経』は守護を記さず、そのまま遺骨の分配に続く。
記載の相違をさらに見る(2)
法顕訳『大般涅槃経』は、高楼を建てて軍隊で防衛し、と出家女性だけに中に入って礼拝することを許したとする。
漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』は、遺骨を城中で九十日間供養してから塔を建てたとする。
時期
仏陀はすでにしている(入滅時八十歳)。
ここではなお成道第 45 年、後に数える。
火葬後の七日間。
南伝パーリ経典が明記し、この七日のうちとしかわからない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『根本説一切有部毘奈耶雑事』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』、漢訳三巻本『大般涅槃経』の四部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 296b7–297a3
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 297a1–297a3
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.174b
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.190a
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.207a
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.401b
- 大正藏大正藏 T23 no.1435 p.446b
- パーリ三蔵巴利 DN 16:6.23.10