マガダ国の王アジャータサットゥはラージャガハで、仏陀がクシナーラーでしたという知らせを聞き、ただちに使者を遣わす(次項参照)。 パーリ三蔵
漢訳『根本説一切有部律』と南伝の後世の註釈書はさらに、大臣たちが王は凶報に耐えられないのではないかと恐れ、あらかじめ手配をしていたと記す。
異なる記載
漢訳『根本説一切有部律』は、マハーカッサパが大臣ヴァッサカーラに園中に仏陀の生涯の事跡を描かせ、酥油と香水を満たした八つの大きな容器(函)を用意させたとする。
王は絵を見て昏倒し、函に入れられてようやく蘇生した。
王が象に乗って出発すると二度落ち、代わりに大臣を遣わした。
記載の相違をさらに見る(2)
南伝の後世の註釈書は、大臣が王を甘い液を満たした槽に浸らせ、王は三度昏倒し、目覚めてから名医ジーヴァカのマンゴー林へ行って哀悼したとする。
蔵訳律典は、王が象に乗り、馬に乗り換えて出発するたびに、仏陀の功徳を憶念して昏倒したとする。
時期
仏陀はすでに入滅している(入滅時八十歳)。
ここではなお成道第 45 年、後に数える。
入滅後の日数は不明。
前後の出来事からの推定で、この年としかわからない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「アジャータサットゥが使者を遣わす」の節は、南伝パーリ経典、法蔵部所伝の漢訳経律、漢訳『根本説一切有部毘奈耶雑事』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』、漢訳三巻本『大般涅槃経』の五部派に記載があり、多部派共伝に属する。
そのうち「昏倒の場面」は漢訳『根本説一切有部毘奈耶雑事』のみに記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 297b3–298a2
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.401c
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 298a2
- パーリ三蔵巴利 DN 16:6.24.1–6.24.4
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.399b–400a
- 巴利註解書巴利註釋 Sv,§236