マーヤー夫人は臨月にルンビニー園に来て、立ったまま菩薩を産んだ。 大正蔵
パーリ三蔵
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菩薩は生まれるとすぐに地に立って七歩歩き、自分が世間で最も尊い者であると宣言した。 大正蔵
パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
ルンビニーでの誕生は主要な各部派の経典に記載があり、七歩歩いたことは南伝パーリ経典と漢訳『中阿含経』『雑阿含経』などに見える。
異なる記載
日付:漢訳『十二遊経』『仏般泥洹経』『般泥洹経』と仏伝『太子瑞応本起経』などは四月八日、『修行本起経』は四月七日、『過去現在因果経』『仏本行集経』は二月八日とする。 大正蔵
時刻にも、夜明け前に明星が現れたとき、夜半、日の出のときなど異なる説がある。
記載の相違をさらに見る(3)
出産の仕方:南伝『中部』第 123 経は母が立ったまま産んだとし、仏伝『修行本起経』などは菩薩が母の右脇から生まれたとする。
母が手を掛けた樹には、無憂樹、流民樹、沙羅樹などの説がある。
七歩歩いた後の言葉:仏伝『修行本起経』は「天上天下、唯我為尊。三界皆苦、吾当安之」(天上にも人間界にも私が最も尊い。世間のすべては苦であり、私が衆生を安らかにしよう)とする。 大正蔵
漢訳『雑阿含経』第 604 経のは「我今最後生、当得無上道」(これが私の最後の誕生であり、最高の覚りを得るであろう)とし、南伝『中部』第 123 経は「私は世間の第一人者である」とする。 大正蔵
沐浴と同時に生まれた者:南伝『中部』第 123 経と漢訳『中阿含経』は冷と温の二筋の水が空から注いで菩薩を洗ったとし、仏伝『普曜経』は九匹の竜が水を吐いたとする。 パーリ三蔵
漢訳『十二遊経』は、デーヴァダッタ、ナンダ(仏陀の弟)、アーナンダがそれぞれ仏陀誕生の前日と数日後に生まれたとし、南伝の後世の註釈書は、後の太子の妃、アーナンダ、チャンナ(太子の御者)、太子の馬を含む七人の人と動物が同時に生まれたとする。 大正蔵
時期
仏陀誕生の当日で、年齢の起点である。
入胎から満十か月であることは経典が明記するが、月日は各本で異なる(四月八日、四月七日、二月八日)。 パーリ三蔵
ある一日まで確定できるが、定説はない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「ルンビニーでの誕生」の節は、南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『中阿含経』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
そのうち「誕生時に七歩歩く」は南伝パーリ経典と漢訳『中阿含経』の二部派に記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- パーリ三蔵巴利 Snp 3.11:5.3
- パーリ三蔵巴利 MN 123:15.2
- パーリ三蔵巴利 MN 123:19.2
- パーリ三蔵巴利 MN 123:20.2
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.470b–c
- 大正藏大正藏 T02 no.99 p.166b–c
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.107c–108a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.108a
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.779b
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.463c–464b
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.473c
- 大正藏大正藏 T03 no.186 p.494a
- 大正藏大正藏 T03 no.188 p.618a
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.625a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.685c–687b
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.1a
- 大正藏大正藏 T04 no.195 p.146c
- 巴利註解書巴利註釋 Ja-a
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a,§50,PTS 0.274–0.276
- パーリ三蔵巴利 DN 14:1.25.1–1.30.1
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.463c
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.107c
- 大正藏大正藏 T02 no.99 p.166b
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.686a
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a,PTS 0.274
- パーリ三蔵巴利 MN 123:14.2
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.175c
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.190c