仙人アシタは神々が喜ぶのを見て菩薩の誕生を知り、王宮に来てその相貌を観て、必ず成仏して世の人々に法を説くと予言した。 大正蔵
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パーリ三蔵
仙人は自分が老いていて仏陀の説法を聞ける日まで生きられないことを知って泣き、甥のナーラダに将来仏陀のもとで出家するよう言いつけた(ナーラダの出家は成道第 1 年を参照)。 大正蔵
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主要な各部派の経典がこの出来事を記している。
異なる記載
名前:仙人は阿夷、阿斯陀などとも訳され、南伝の後世の註釈書は彼の別名を用いる。
甥は那羅摩納、那羅童子とも呼ばれ、仏伝『衆許摩訶帝経』は仙人の弟子とする。 大正蔵
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予言の年齢:漢訳『根本説一切有部律』は仙人が太子の「十九歳で出家し、六年苦行する」ことを予見したとし、仏伝『過去現在因果経』も十九歳出家とする。 大正蔵
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『衆許摩訶帝経』は二十九歳で山中にて六年苦行したとする。
ここでは一律に二十九歳出家で計算し、十九歳説はここに挙げるにとどめる。
誰が誰を訪ねたか:南伝『経集』、漢訳『根本説一切有部律』、仏伝『修行本起経』は仙人が自ら王宮に来たとし、『太子瑞応本起経』などは国王と夫人が太子を抱いて仙人のもとへ行ったとする。 大正蔵
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順序:漢訳『五分律』はこの出来事を成道後の回想として置く。
仏伝もこの出来事と母の死の前後関係についてそれぞれ異なる。
時期
誕生後まもなく、仏陀は生まれたばかりである。
経典は何日目かを記しておらず、前後の出来事から推定すると誕生後であることしか分からず、正確な時期は不確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『五分律』、漢訳『根本説一切有部毘奈耶破僧事』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年は不確定。
出典
- パーリ三蔵巴利 Snp 3.11:1.4
- パーリ三蔵巴利 Snp 3.11:5.3
- パーリ三蔵巴利 Snp 3.11:21.2
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.108a–110a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.109c
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.106a
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.464a
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.474a
- 大正藏大正藏 T03 no.186 p.495b
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.556b
- 大正藏大正藏 T03 no.188 p.618a
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.626c
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.627b
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.636a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.695a
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.940c
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.941a
- 大正藏大正藏 T04 no.193 p.60b
- 巴利註解書巴利註釋 Ja-a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.108a