菩薩は修行者アーラーラ・カーラーマのもとで学び、「無所有処」(心が何ものにも執着しない、きわめて深い禅定の境地)を伝授された。 大正蔵
パーリ三蔵
ほかの出典(2 件)
菩薩は、アーラーラには信・精進・正念・禅定・智慧があり、自分にもすべて備わっていると考え、まもなく自らこの境地を証得した。 パーリ三蔵
アーラーラは「私の知るところをあなたも知り、あなたの知るところを私も知る」と言い、菩薩に共に弟子を率いるよう求めた。 パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
菩薩はこの方法が最終的な解脱に通じず、死後にこの禅定に相応する境地に生まれさせるだけだと考え、去った。 パーリ三蔵
主要な各部派の経典がこの出来事を記している。
異なる記載
師の名の訳は一定しない:阿羅羅伽羅摩、阿藍迦藍、歌羅羅、阿蘭迦蘭、阿羅藍などともいう。
記載の相違をさらに見る(3)
証得した境地:のパーリ経典と漢訳『中阿含経』は無所有処とし、漢訳『四分律』は「不用処定」、漢訳『根本説一切有部律』は「無想定」とする。
漢訳『根本説一切有部律』は、菩薩がアーラーラに会う前にまず霊鷲山のかたわらの仙人の林に行き、修行者たちが片足で立ったり、烈日と火の間で身を焼いたりする苦行を見て、それは天界に生まれることを求める方法にすぎないと考えて去ったとする。
仏伝『方広大荘厳経』『普曜経』は、成道後に仏陀が誰にまず法を説くかを考える場面でのみ二人の師に触れる。
漢訳『五分律』も成道後にその名を挙げるだけである(成道第 1 年を参照)。
時期
仏陀二十九歳から三十五歳の間、出家後、苦行の前。
経典は「まもなく」証得したとだけ記す。
前後の出来事からの推定で、年は不確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『中阿含経』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年は不確定。
出典
- パーリ三蔵巴利 MN 26:15.1–15.35
- パーリ三蔵巴利 MN 36:14.1–14.15
- パーリ三蔵巴利 MN 85:11.2–12.3
- パーリ三蔵巴利 MN 100:9.6
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.776b–c
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.780b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.119b
- 大正藏大正藏 T03 no.186 p.529a
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.605b
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.637a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.756a
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.948b
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.22b
- 巴利註解書巴利註釋 Ja-a
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a,§50,PTS 0.286
- パーリ三蔵巴利 MN 26経典の冒頭
- SuttaCentral 對應表SuttaCentral 對應表 lzh-dg-kd1#t0779a07-
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.104a
- パーリ三蔵巴利 MN 26:15.13
- パーリ三蔵巴利 MN 26:15.32–15.33
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.118a–119b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.119a
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.948a
- パーリ三蔵巴利 MN 26:15.5