南伝パーリ律典の薬の規定を記す部分は、仏陀がある村落を出発し、ラージャガハの竹林、パータリ村を経てガンジス川を渡り、さらにコーティガーマ、ナーディカーを経てヴェーサーリーに至ったと記す。 パーリ三蔵
Kd 6:26.1.1SuttaCentral でパーリ原文を読む
ヴェーサーリーの名高い遊女アンバパーリーはコーティガーマで先に仏陀に会い、その後ヴェーサーリーで仏陀を自分のマンゴー園での食事に招き、園林を僧団に寄進する。
その後仏陀はバッディヤなどいくつかの町へ向かい、最後にクシナーラーとアートゥマーに至る。
異なる記載
この経路は仏陀の最後の一年の旅程(南伝『大般涅槃経』)と長い区間が同じで、アンバパーリーの園の寄進は最後の旅程にも別に項目がある。
しかしこの経路はその後バッディヤなどへ向かい、の宣告や入滅の場面はうかがえない。
時期
年は不明で、推算できる範囲もないため、年齢は数えない。
この記録が仏陀の最後の一年の旅程と同じものかどうかは、今のところ定説がない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
この出来事の記載の出典は照合が完了しておらず、信頼度はまだ分級しない。
- 年の根拠と時間の精度
年の出典は記されていない。
出典
- パーリ三蔵巴利律 Kd 6:26.1.1