菩薩(成道前の仏陀)はウルヴェーラーのネーランジャラー川の岸で、菩提樹の下に坐して最高の覚りを証得し、仏陀となる。 大正蔵
パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
のパーリと『自説経』(ウダーナ)は、仏陀がその夜の初更・中更・後更に縁起(万物が条件によって生じ、条件によって滅するという道理)を繰り返し観察し、それぞれ一首のを説いたと記す。 パーリ三蔵
主要な各部派の経典がこの出来事を記している。
異なる記載
日付:一部の漢訳経典と漢訳『十二遊経』は四月八日とする。
南伝の伝統はの満月を成道の日とする慣わしだが、現在知られる南伝の後世の註釈書はこれを直接には記していない。
漢訳『十二遊経』は、四月八日から七月十五日までの樹下の期間を全体で「一年」と数える。
記載の相違をさらに見る(3)
年齢:漢訳『十二遊経』は三十五歳の成道とする。
漢訳『根本説一切有部律』と一部の仏伝は十九歳で出家し六年苦行したとし、これによれば二十五歳の成道となる。 大正蔵
蔵訳律典は二十九歳で出家し六年苦行したとする。
縁起を観察した時期:南伝パーリ律典と漢訳『五分律』は成道の夜とする。
漢訳と蔵訳の『根本説一切有部律』は、仏陀が二度目に菩提樹の下へ戻ったときに置く。
仏伝『仏本行集経』は最初の七日の後に置く。
三更の夜に証得した内容:サンスクリット本『四衆経』は六を三更に配し、最後の更で煩悩を断ち尽くしたとする。
南伝『中部』第 36 経は、初更に前世を想起し、中更に衆生の生死を見、後更に煩悩を断ち尽くしたとする。
サンスクリット本『マハーヴァストゥ』とサンスクリット本『ラリタヴィスタラ』は前二更の順序が南伝と逆で、夜明けのころに覚りを得たとする。
サンスクリット本『四衆経』はさらに、仏陀が証悟の直後に火界定(身体から火光を放つ禅定)に入ったとし、これは漢訳と蔵訳の『根本説一切有部律』と同じである。
時期
成道第 1 年、仏陀三十五歳、前、成道の当日。
すべての紀年の起点である。
経典はこの日と明記するが、各本の記す日付は異なる(一部の経典は四月八日とする)。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『五分律』、サンスクリット本『四衆経』、サンスクリット本『マハーヴァストゥ』の五部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- パーリ三蔵巴利律 Kd 1:1.1.1
- パーリ三蔵巴利 Ud 1.1:1.2–1.4
- パーリ三蔵巴利 Ud 1.2:1.4
- パーリ三蔵巴利 Ud 1.3:1.4
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.781c
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.102c–103a
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.478b
- 大正藏大正藏 T03 no.186 p.522b
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.595c
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.175c
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.190c
- 大正藏大正藏 T04 no.195 p.147a
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 33b1–33b2
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 38a4–38b4
- 藏譯(德格版)德格版 D1 ga 285b1
- 藏譯(德格版)德格版 D1 ka 30b1–30b2
- 梵文原典梵文《四眾經》§1–25
- 梵文原典梵文《大事》第二冊 p.283–285
- 梵文原典梵文《普曜經》第 22 品
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.25b
- 大正藏大正藏 T03 no.184 p.467c
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.475b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.109c
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.609c
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.752b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.126a
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.799b
- 藏譯(德格版)德格版 D1 ka 30b1
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 38a4–38a5
- 梵文原典梵文《四眾經》§2–24
- 梵文原典梵文《大事》第二冊 p.283–284
- 梵文原典梵文《四眾經》§25
- 梵文原典梵文《大事》第二冊 p.284
- パーリ三蔵巴利律 Kd 1:1.1.1–1.7.6
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.124c