仏陀はまずかつての師アーラーラ・カーラーマに説法しようと思うが、神が彼はすでに亡くなったと告げる。 大正蔵
パーリ三蔵
Kd 1:6.1.4SuttaCentral でパーリ原文を読む
次にもう一人の師ウッダカ・ラーマプッタを思うが、やはりすでに亡くなっていた。
そこで仏陀は、かつて苦行をともにした五人の修行仲間を思い、天眼(遠くを見る神通)によって、彼らがバーラーナシーの仙人住処、鹿野苑にいるのを見る。
異なる記載
二人の師が亡くなってからの日数は各本で異なる。
南伝パーリ経典はアーラーラが死後七日、ウッダカが昨夜亡くなったとする。
漢訳『中阿含経・羅摩経』は一人が七日、一人が十四日とする。
漢訳『五分律』では、仏陀が二人を思う順序も二人の死からの日数も南伝と逆である。
サンスクリット本『ラリタヴィスタラ』も先にウッダカを思って死後七日とし、次にアーラーラを思って死後三日とする。
記載の相違をさらに見る(2)
一部の仏伝は師の名を別の人物に分けたり、二人とも亡くなったとだけ述べて日数を記さなかったりする。
五人の修行者の名簿は各本で異なる(「初転法輪」の項を見よ)。
時期
成道第 1 年、仏陀三十五歳、前、梵天勧請の後。
二人の師の死からの日数は経典の明記によるが、この出来事自体の位置は前後の出来事からの推定で、おおよそ成道後数週間の内である。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『五分律』、漢訳『中阿含経』の四部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- パーリ三蔵巴利律 Kd 1:6.1.1–6.6.4
- パーリ三蔵巴利 MN 26:22.1–24.10
- パーリ三蔵巴利 MN 85:46.1–48.9
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.777a–b
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.618b
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.787b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.104a
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.126c–127a
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.605b–c
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.643a–b
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.807a–b
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.953a–b
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.28c
- 大正藏大正藏 T04 no.196 p.147c
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 40a5–40b7
- 梵文原典梵文《普曜經》第 26 品
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 40a7–40b4