漢訳『十二遊経』は、第十二年に仏陀が父王の国カピラヴァットゥに帰り、まず城から八十里の釈迦族の精舎で差摩竭に説法し、次いで入城して父スッドーダナ王と釈迦族の人々に説法し、八万四千人がを得たと記す。 大正蔵
これはこの経の年ごとの記事の最後の年である。
仏陀が何年に故郷に帰ったかは各本で説が異なり、この項は『十二遊経』の説を示すにすぎない。
異なる記載
仏陀が故郷に帰った年には別に成道第 2 年、第 6 年、第 7 年などの説があり、関連する諸事は「年の不確かな出来事」に収める。
記載の相違をさらに見る(2)
差摩竭が誰かは、他の経典に同名の人物がない。
「第十二年」という年は『十二遊経』にのみ見える。
帰郷という出来事自体は、他の経典や律典にも記載がある。
時期
成道第 12 年、仏陀四十六歳。
『十二遊経』は第十二年と明記し、年のみ判明だが、この経の年数と成道年との対応は確定しておらず、帰郷の年も各本で異なる。
の前か後かは原文に記載がない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
早期各部派の経律には記載がなく、註釈書または後出の仏伝にのみ見える。
後世の補述に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:年のみ判明。