ヴェーランジャーの一人の婆羅門が仏陀に会いに来て、年長の婆羅門に対して礼をせず、立ち上がらず、座を譲らないことを責める。 パーリ三蔵
仏陀は、世間に自分が礼敬すべき者はいないと答え、「最初に殻を破って出た雛が兄である」という譬えで、自分が最初に覚りを証得したと言う。
婆羅門は聞いて讃嘆し、してとなる。 パーリ三蔵
南伝パーリ律典は続けて、彼が仏陀とたちをヴェーランジャーでのに招いたと記す。
異なる記載
南伝『増支部』と漢訳『中阿含経』などの対応する経は問答と帰依のみを記し、雨安居への招きはない。
漢訳『四分律』『五分律』は仏陀が彼に説法し、雨安居に招かれたことのみを記し、問答の内容は記していない。
記載の相違をさらに見る(2)
場所:南伝の経典は苦楝樹の下とする。
漢訳『中阿含経』は黄蘆園とし、別の漢訳の単経は黄竹園とする。
年齢:漢訳『中阿含経』などはこの婆羅門がすでに百二十歳であったとするが、南伝の経典は記していない。
時期
成道第 12 年、仏陀四十六歳、雨安居前。
年は後世の註釈書によるもので、招きが飢饉の前であることは前後の出来事からの推定。
年のみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「問難と帰依」の一節は、南伝パーリ経典のみに記載があり、単派記載に属する。
そのうち「招きを受けて雨安居を過ごす」は三部派に記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- パーリ三蔵巴利 AN 8.11:1.2–20.6
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.679b–680b
- 大正藏大正藏 T01 no.75 p.882a–883b
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.568c
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.1a
- 巴利註解書巴利註釋 Vin-a,§15,PTS 1.170–1.172
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.679b
- パーリ三蔵巴利 AN 8.11:20.5–20.6
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.680b
- 大正藏大正藏 T01 no.75 p.883a–b