ヴェーランジャーは飢饉に見舞われ、乞食しても食物はほとんど得られない。 原典 1 原典 2
馬を連れてここで雨季を過ごしていた馬商人の一団が、馬小屋でたちに麦を分け、仏陀と弟子たちはこの馬の飼料の麦で三か月をしのぐ。 原典 1 原典 2 原典 3 原典 4 原典 5 原典 6 原典 7 原典 8 原典 9
アーナンダは麦を挽いて仏陀に供養する。
仏陀を招いた婆羅門は、この三か月の間、何も供養しなかった。 原典 1 原典 2
主要な各部派の律典がこの出来事を記している。
異なる記載
商人と麦の量:南伝パーリ律典は商人が北方から来たとし、出家男性一人につき一升を分けたとする。
漢訳『四分律』『五分律』は商人が波離国から来たとする。
『四分律』は出家男性一人につき五升、仏陀には一斗と記し、漢訳『根本説一切有部律』は仏陀に二升、他の者に一升と記す。 原典 1 原典 2
記載の相違をさらに見る(3)
漢訳『五分律』『十誦律』などは、出家男性たちがまず仏陀に馬麦を食べてよいかを伺い、仏陀が初めて許したとする。 原典 1 原典 2 原典 3
南伝パーリ律典と『四分律』にはこの段はない。
婆羅門が供養しなかった理由:『四分律』『五分律』と南伝の後世の註釈書は、彼がに惑わされたとする。 原典
『五分律』『十誦律』などは、彼が後宮に入って享楽にふけったとする。
『根本説一切有部律』は、占い師が災いを避けるために三か月門を閉ざすよう彼に求めたとする。 原典
南伝『譬喩経』と漢訳『興起行経』などは、仏陀が馬麦を食べたのは、過去世に無礼な言葉を発し、修行者には麦を食べるのがふさわしいと言った果報によるとする。 原典 1 原典 2
時期
成道第 12 年、仏陀四十六歳、中。
「三か月」は経典が明記し、年は後世の註釈書による。
この雨安居の三か月の内であることのみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『五分律』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:月のみ判明。
出典
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.568c–569a
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.1b
- 大正藏大正藏 T23 no.1435 p.99a
- 大正藏大正藏 T23 no.1435 p.99b–c
- 大正藏大正藏 T23 no.1435 p.187c
- 大正藏大正藏 T23 no.1435 p.188a
- 大正藏大正藏 T24 no.1464 p.885c–886a
- 大正藏大正藏 T24 no.1464 p.886b
- 大正藏大正藏 T24 no.1448 p.46a
- 大正藏大正藏 T24 no.1448 p.47a
- 大正藏大正藏 T24 no.1448 p.47c
- 大正藏大正藏 T04 no.196 p.163a
- 大正藏大正藏 T04 no.197 p.164b
- 大正藏大正藏 T04 no.197 p.164c
- 大正藏大正藏 T04 no.197 p.172b
- 大正藏大正藏 T04 no.193 p.56b
- 巴利三藏巴利 Tha-ap 392:25.4–26.4
- 巴利註解書巴利註釋 Vin-a,§16,PTS 1.176–1.179
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.568c
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.569a
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.1a
- 大正藏大正藏 T24 no.1448 p.45b–c
- 巴利三藏巴利 Tha-ap 392:26.1–26.4
- 大正藏大正藏 T04 no.197 p.172a–b
- 大正藏大正藏 T04 no.196 p.163b
- 大正藏大正藏 T24 no.1448 p.48b