後世の註釈書の挙げる雨安居表は、仏陀の第 16 回目のをアーラヴィーと記し、仏陀はまず夜叉アーラヴァカを調伏して八万四千人に解脱を得させ、その後にここで雨安居したとする。
雨安居中に起きた出来事は記されていない。
異なる記載
漢訳『僧伽羅刹所集経』はこの年を「還迦維羅衛国」(迦維羅衛国に帰る)とし、夜叉アーラヴァカの件も記さない。 大正蔵
記載の相違をさらに見る(1)
後世のパーリ語の仏伝と現代の学者の整理では、アーラヴィーの書き方がそれぞれ異なり、現代の学者にはと書く者もいる。
時期
成道第 16 年、仏陀五十歳、雨安居中。
年は後世の註釈書によるもので、年のみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
早期各部派の経律には記載がなく、註釈書または後出の仏伝にのみ見える。
後世の補述に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- 巴利註解書巴利註釋 AN-a,§37
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a
- 大正藏大正藏 T04 no.194 p.144b
- 巴利註解書巴利註釋 Jinacarita