デーヴァダッタは誰を先に信服させるべきかを考え、アジャータサットゥ王子が若く将来有望であることに思い至り、腰に蛇を巻いた子供に変身して王子の膝の上に現れ、それから出家者の姿に戻った。 パーリ三蔵
王子は大いに喜び、毎日朝夕に五百台の車を連ねて挨拶に赴き、五百釜の飲食を供養した。 大正蔵
パーリ三蔵
仏陀はたちに告げた。
デーヴァダッタはこれらの供養を得て、善い修行はただ退くばかりである。
芭蕉や竹や葦が実を結ぶとかえって自らを滅ぼすようなものだ、と。
この出来事は三つの部派のに見える。
異なる記載
漢訳『四分律』は順序が異なる。
まずデーヴァダッタが供養を貪り、嫉妬を起こして神通を失ったことを記し、次いで仏陀に僧団を自分に委ねるよう請い、その後にアジャータサットゥに父を殺すようそそのかしたとする。
記載の相違をさらに見る(2)
漢訳『十誦律』は、デーヴァダッタが出家後十二年間は善心で修行し、その後に悪心を起こしたと述べる。 大正蔵
南伝パーリ律典にはこの年数はない。
漢訳『根本説一切有部律・破僧事』は、デーヴァダッタの動機を、父王の死後に太子が王となるから、先に彼を手なずけておくべきだ、とする。
時期
およそ成道第 38 年前後、仏陀七十二歳。
経典は仏陀の晩年、僧団の掌握を要求する前としか述べない。
ここではアジャータサットゥ即位の年から推定して第 38 年前後に置く。
別の算定では第 37 年(仏陀七十一歳)。
季節は不明で、安居前か安居後かも不明。
前後の出来事からの推定で、年は不確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『十誦律』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
年齢からの換算(仏陀の年齢から換算した)。
時間の精度:年は不確定。