サーリプッタとモッガッラーナが伽耶山に来ると、デーヴァダッタは二人が身を寄せに来たものと思い、サーリプッタに説法を頼んで、自分は横になって休んだ。
サーリプッタは他人の心を知る能力で、モッガッラーナはで、そのたちを教え導いた。
彼らはを得て、二人に従って竹林に戻った。
コーカーリカがデーヴァダッタを起こすと、デーヴァダッタは熱い血を吐いた。
この出来事は四つの部派に記載がある。
異なる記載
場所:南伝パーリ律典と漢訳『四分律』は伽耶山とする。
漢訳『根本説一切有部律・破僧事』は「南山」とする。
漢訳『十誦律』はデーヴァダッタの講堂とする。
記載の相違をさらに見る(1)
出家男性たちが初果を得たことと、デーヴァダッタが血を吐いたことの二節は、今のところ南伝パーリ律典にのみ見える。
時期
およそ成道第 38 年前後、仏陀七十二歳前後、僧団の分裂の後。
可能な範囲は成道第 38〜45 年の間で、サーリプッタとモッガッラーナの前でなければならない。
季節は不明。
前後の出来事からの推定で、年は不確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『五分律』、漢訳『十誦律』の四部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
年齢からの換算(仏陀の年齢から換算した)。
時間の精度:年は不確定。