漢訳は、第五年に仏陀が竹園(ラージャガハ郊外の竹林園)で私呵味という名の人に説法したと述べる。 大正蔵
同じ年、仏陀がまだサーヴァッティーに着く前に、サーリプッタとモッガッラーナ(仏陀の二大弟子)が二百五十人を連れて来て、仏陀は彼らにを説き、サーリプッタは七日で、モッガッラーナは十五日でを得たという。
この経の年の数え方はここでの算法と異なる。
サーリプッタとモッガッラーナの出家は、ここでは成道第 2 年の雨季の前に置く。
異なる記載
証悟までの日数:漢訳『十二遊経』はサーリプッタ七日、モッガッラーナ十五日とする。
の後世の註釈書は逆に、モッガッラーナ七日、サーリプッタ半月とする。
記載の相違をさらに見る(3)
弟子の人数:漢訳『十二遊経』は二人がそれぞれ百二十五人、合わせて二百五十人とする。
モッガッラーナの身分:漢訳『十二遊経』は弥夷羅国で丞相・将軍を務めていたとし、他の記載は遊行の修行者とする。
漢訳『十二遊経』は、成道の年の四月八日から七月十五日まで樹下にいた期間を「第一年」と数え、年の数え方がここでの算法と異なるため、経中の年次を「成道第何年」に直接換算することはできない。
時期
本項は漢訳『十二遊経』第五年の記載を対照のために掲げただけのもので、成道第 5 年(仏陀三十九歳)に置くが、これらの出来事がこの年に起きたことを意味しない。
年次は経典の明記だが、経中の「年」はここでの算法と異なる。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
早期各部派の経律には記載がなく、註釈書または後出の仏伝にのみ見える。
後世の補述に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:年のみ判明。