この年、仏陀は三十九歳。
ヴェーサーリー郊外の大林にある重閣講堂(楼閣のある講堂)でを過ごす。
後世の註釈書は、仏陀が「あるとき重閣講堂に住んでいた時」に、父スッドーダナ王が没し、仏陀の叔母マハーパジャーパティーがその後まもなく出家して、の僧団がここに成立したと語るのみである。
ここでは雨安居の場所に基づき、これらの出来事がこの年に起きたと推定する。
漢訳『摩訶僧祇律』もまた、最初の最も重い戒が「成仏五年」に定められたと記し、成道後五年を経て初めて出家者が次第に過ちを犯すようになったと述べる。
この年の雨安居
後世の註釈書によれば、第五回目の雨安居はヴェーサーリーの大林の重閣講堂で過ごす。
漢訳『僧伽羅刹所集経』は脾舒離、すなわちヴェーサーリーと記す。
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