漢訳は「六年、須達与太子祇陀共為仏作精舎、作十二仏図寺、七十二講堂、三千六百間屋、五百楼閣」と述べる。 大正蔵
第六年にスダッタ(すなわちアナータピンディカ)とジェータ太子がともに仏陀のために精舎を建て、その規模は十二の仏寺、七十二の講堂、三千六百の房舎、五百の楼閣であった、という意味である。
この出来事はこの年の「アナータピンディカが帰依し、祇園精舎を建てる」の項に収める。
異なる記載
漢訳『十二遊経』は、成道の年の四月八日から七月十五日まで樹下にいた期間を「第一年」と数え、年の数え方がここでの算法と異なるため、経中の年次を「成道第何年」に直接換算することはできない。
時期
本項は漢訳『十二遊経』第六年の記載を対照のために掲げたもので、成道第 6 年(仏陀四十歳)に置く。
年次は経典の明記だが、経中の「年」はここでの算法と異なる。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
この出来事の記載の出典は照合が完了しておらず、信頼度はまだ分級しない。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:年のみ判明。