後世の註釈書のには、仏陀の第六回目のがマクラ山であったと記し、漢訳『僧伽羅刹所集経』も同じである。 大正蔵
雨安居表そのもののほかには、の註釈書も漢訳経典も、仏陀がマクラ山で行った他の出来事を記していない。
異なる記載
山名の綴りは諸本でわずかに異なる。
漢訳『僧伽羅刹所集経』では山名の下に小字の「白善」があり、明版はこの二字を本文として扱う。
記載の相違をさらに見る(1)
漢訳『僧伽羅刹所集経』の「為母故」(母のために)の一句は、現行の標点本では第六年の文末に置かれるが、ここでは次の文に属するものとして読み、「母のために、第七年は三十三天に」とする。
時期
成道第 6 年、仏陀四十歳、雨安居中。
場所は後世の註釈書によるもので、年のみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
早期各部派の経律には記載がなく、註釈書または後出の仏伝にのみ見える。
後世の補述に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- 巴利註解書巴利註釋 AN-a
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a,序分
- 大正藏大正藏 T04 no.194 p.144b
- 巴利註解書巴利註釋 AN-a,PTS 2.125
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a