アジャータサットゥは四種の軍隊(象兵、騎兵、戦車兵、歩兵)を出し、カーシ(古代インドの一地方)でパセーナディ王を攻める。 パーリ三蔵
第一戦ではパセーナディ王が敗れてサーヴァッティーに退き、仏陀は、勝者は怨みを招き、敗者は苦しんで眠れないと語る。 大正蔵
第二戦ではパセーナディ王が勝ち、アジャータサットゥを生け捕りにして象、馬、戦車を奪うが、命は助ける。 パーリ三蔵
仏陀はを説く。
「他人から奪う者は、自らも他人から奪われる。」
異なる記載
南伝『相応部』と漢訳『雑阿含経』はいずれも、第一戦はアジャータサットゥが勝ち、第二戦はパセーナディ王が勝ったと記し、両本の順序は一致する。
時期
経典は年を記しておらず、アジャータサットゥの即位後、パセーナディ王が王位を失う前に起きたことしかわからない。
アジャータサットゥの即位の年から推算すれば、およそ成道第 38 年から第 45 年(仏陀七十二歳から八十歳)となる。
別の算法を採れば、最も早くて第 37 年(七十一歳)まで遡る。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『雑阿含経』、漢訳『四分律』の三部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
年齢からの換算(仏陀の年齢から換算した)。
時間の精度:年は不確定。