ガンジス川を渡った後、仏陀は最初の村コーティガーマに滞在して説法する。 パーリ三蔵
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Kd 6:29.1.1SuttaCentral でパーリ原文を読む
南伝パーリ経典は、仏陀がここでを説き、戒・定・慧も説いたとする。 パーリ三蔵
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他の記載が伝える内容は異なる。
異なる記載
漢訳『遊行経』と『五分律』が説くのは聖戒・聖定・聖慧・聖解脱の四法である。 大正蔵
南伝パーリ経典はこの四法を後のバンダ村に置く。
記載の相違をさらに見る(2)
漢訳『般泥洹経』『根本説一切有部律』、蔵訳律典とサンスクリット本『大般涅槃経』は戒・定・慧を説き、四聖諦は説かない。
漢訳『仏般泥洹経』は心法、無諍などを説く。
南伝パーリ律典は、アンバパーリーがコーティガーマにいる時点で仏陀到来の知らせを聞いたとする。
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、前、渡河の後。
滞在日数は不明。
前後の出来事から推定し、年のみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「渡河後の最初の村での説法」の節は、南伝パーリ経典、漢訳『長阿含経』、サンスクリット本『大般涅槃経』、漢訳『五分律』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』の五部派に記載があり、多部派共伝に属する。
そのうち「コーティガーマで四諦を説く」は南伝パーリ経典のみに記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 239a5–239b2
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§8.1–8.7
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 239a5–239a6
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》§8.6–8.7
- パーリ三蔵巴利 DN 16:2.1.2–2.1.5
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.13a
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.163a
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.178b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.385b
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§8.4–8.7
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.41b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.135b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.135a–136a
- パーリ三蔵巴利律 Kd 6経典の冒頭
- パーリ三蔵巴利 SN 56.21経典の冒頭
- パーリ三蔵巴利 DN 16:2.2.1–2.3.7
- パーリ三蔵巴利律 Kd 6:29.1.1–29.2.6
- パーリ三蔵巴利 DN 16:2.4.1