ナーディカー村で、アーナンダは最近亡くなったと在家信者が死後どこに生まれ変わったかを尋ねる。 パーリ三蔵
仏陀は一人ひとりの証悟の程度を説明したうえで、このように一人ずつ問うのは仏陀を疲れさせると述べ、「法の鏡」を説く。 パーリ三蔵
それは、すでに証悟した弟子が自ら点検し、自分がどこまで証悟したかを知るための方法である。
異なる記載
問う人:南伝パーリ経典と漢訳『遊行経』はアーナンダとする。
漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』『根本説一切有部律』と蔵訳律典は、出家男性たちが乞食から戻って問うたとする。
記載の相違をさらに見る(3)
死因:漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』『根本説一切有部律』と仏伝『仏所行讃』は疫病と明記する。
南伝パーリ経典と漢訳『遊行経』は記していない。
亡者の名簿と人数は各本で多く異なる。
漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』はさらにを説く。
人数:サンスクリット本『大般涅槃経』は、二百五十人のが第三段階の証悟を得、三百余人が第二段階を得、五百余人がを得たとし、漢訳『根本説一切有部律』、漢訳『雑阿含経』第 854 経の人数と同じである。
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、前。
前後の出来事から推定し、年のみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『長阿含経』、サンスクリット本『大般涅槃経』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』の四部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:年のみ判明。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 239b3–241a6
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§9.1–9.21
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§9.12–9.16
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 239b3–239b7
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 240a7–240b2
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 241a5
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》§9.12–9.16
- パーリ三蔵巴利 DN 16:2.5.5–2.10
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.13a–b
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.13b
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.163a–b
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.178b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.385b–c
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§9.5–9.21
- パーリ三蔵巴利 DN 16:2.5.2–2.5.5
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.13a
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.163a
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.385b
- 大正藏大正藏 T02 no.99 p.217b
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§9.4
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.41c