仏陀は乞食の後、ヴェーサーリーのチャーパーラ塔廟で休み、アーナンダに三度、四神足(神通を成就する四種の修行)を修めた者は一劫(きわめて長い時間)の間この世にとどまることができると語る。 大正蔵
パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
アーナンダは心を魔に覆われ、仏陀にこの世にとどまるよう請わなかった。
魔が仏陀のもとに来て、仏陀が成道したばかりのときの約束を持ち出し、を請う。
仏陀は「三か月後に入滅する」と述べ、ただちに寿命を捨てる(生き続ける生命力を手放す)。 大正蔵
パーリ三蔵
大地が震動し、仏陀は偈を説く。
異なる記載
魔の請いの過去の出来事がいつどこで起きたか:南伝パーリ経典は成道の初めとだけ述べ、後世の註釈書は第八週とする。
漢訳『遊行経』はネーランジャラー川のほとりの山羊飼いのバニヤン樹の下とし、法顕訳『大般涅槃経』はウルヴェーラ・カッサパを教化したときとする。
サンスクリット本『大般涅槃経』はネーランジャラー川のほとりの菩提樹の下、成道の直後とするが、この句は現代の校訂者が補ったものである。
記載の相違をさらに見る(3)
漢訳『遊行経』は予告の中ですでに入滅の場所をクシナーラーの沙羅園の双樹の間と述べる。 大正蔵
南伝パーリ経典は場所を述べない。
漢訳『仏般泥洹経』はアーナンダへの示唆と魔の請いを二つの場所に分ける。 大正蔵
漢訳『中阿含経・地動経』の場所は「金剛国、地城」とし、チャーパーラ塔廟とは合わない。 大正蔵
捨寿の説き方:法顕訳『大般涅槃経』は、仏陀がその場で寿命を捨てたが、神力によってさらに三か月生命を保ったとする。 大正蔵
ほかの出典(1 件)
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、後、入滅の三か月前。
「三か月」は経典の明記により、後世の註釈書はマーガ月(古代インド暦の一つの月)の満月とする。
註釈書によればこの日まで確定でき、経典によれば入滅の三か月前であることのみ確定。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『長阿含経』、サンスクリット本『大般涅槃経』、漢訳『仏般泥洹経』『般泥洹経』、漢訳三巻本『大般涅槃経』の五部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:この日まで確定、月のみ判明。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 247b4–249a6
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§15.4–15.18
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§16.1–16.15
- 巴利註解書巴利註釋 Sv,§168
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.15c
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.180b
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.192a
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.388a
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 247b7
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 248b4
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 249a6
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》§16.5
- パーリ三蔵巴利 DN 16:3.1.1–3.10.7
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.15b–c
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.164c–165b
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.180b–181a
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.180c
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.191b–c
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.191c
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.387c–388a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.753c
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.43c
- 大正藏大正藏 T04 no.193 p.96c
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§15.1–15.18、16.1–16.15
- パーリ三蔵巴利 DN 16:3.1.4–3.2.1
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.15b
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.164c
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.165a
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.191b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.387c
- 大正藏大正藏 T22 no.1425 p.489c
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§15.7
- 大正藏大正藏 T01 no.26 p.477b
- パーリ三蔵巴利 DN 16:3.9.3
- 巴利註解書巴利註釋 Bv-a,§30