法顕訳『大般涅槃経』は記す。
捨寿の翌日、リッチャヴィ族の人々は仏陀がまもなくすると聞き、城を出て仏陀に住世を請う。
仏陀は彼らに人を向上させる七つの法を説く。
リッチャヴィ族の婦人たちとアンバパーリーも供養に来て、仏陀は持戒の果報を説き、きわめて多くの神々と人がを証得し、六十人のがを証得する。 大正蔵
人々が慕って離れようとしないので、仏陀は一筋の川を化作して彼らを隔てる。
異なる記載
南伝パーリ経典、漢訳『遊行経』『根本説一切有部律』『仏般泥洹経』『般泥洹経』と蔵訳律典には、いずれもこの段がない。
記載の相違をさらに見る(1)
漢訳『増一阿含経』は、仏陀がヴェーサーリーを振り返って偈を説き、大きな坑を化作して人々を隔て、鉢を人々に投げ与えて供養させたと記す。
仏伝『仏所行讃』にもリッチャヴィ族の人々が見送る一品がある。
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、後、捨寿の翌日。
「翌日」は経典の明記により、この年のある一日であることのみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
「捨寿後のリッチャヴィ族の見送り」の節は、漢訳三巻本『大般涅槃経』のみに記載があり、単派記載に属する。
そのうち「川または坑を化作する」は漢訳三巻本『大般涅槃経』のみに記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
時間の精度:この日まで確定。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 251a7–252a2
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.193b
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.193c
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.194b
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.194c
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.195a
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.44a
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.748c
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.749a