ヴェーサーリーを離れた後の最初の宿駅バンダ村で、仏陀は説く。
聖戒・聖定・聖慧・聖解脱の四法を覚らなかったために、衆生は長く生死の中を輪廻してやまないのだ、と。 大正蔵
パーリ三蔵
ほかの出典(1 件)
仏陀は戒・定・慧の説示も行う。
異なる記載
法顕訳『大般涅槃経』は、ここで千二百人のがを証得したとする。
記載の相違をさらに見る(2)
漢訳『遊行経』は戒・定・慧の説示をアンバ村に置く。
漢訳『根本説一切有部律』と蔵訳律典は地名を「重患村」とする。
サンスクリット本『大般涅槃経』の村名も意味が近く(この名の大半は現代の校訂者が補ったもの)、説くのは戒・定・慧のみで、解脱を別に立てない。
各本の村名(乾荼、揵梨、健持など)と南伝の地名との対応は、読音から推測するほかない。
時期
成道第 45 年、仏陀七十九歳から八十歳、後、宣言後の三か月のうち。
前後の出来事から推定し、この三か月のうちであることのみ判明。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
この出来事は複数の部派の経律に記載があり、多部派共伝に属する。
そのうち「千二百人の比丘が阿羅漢を得る」は漢訳三巻本『大般涅槃経』のみに記載がある。
- 年の根拠と時間の精度
前後の出来事からの推定(経典にも註釈書にも時期の記載はなく、この出来事と前後の出来事の順序から年を割り出した)。
時間の精度:月のみ判明。
出典
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 252a2–252a5
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》(Waldschmidt)§21.1–21.5
- 藏譯(德格版)德格版 D6 da 252a2–252a4
- 梵文原典梵文《大般涅槃經》§21.1
- パーリ三蔵巴利 DN 16:4.2.3–4.4.6
- 大正藏大正藏 T01 no.1 p.17b
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.166a
- 大正藏大正藏 T01 no.6 p.181c
- 大正藏大正藏 T01 no.7 p.195b
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.389a
- SuttaCentral 對應表SuttaCentral 對應表 sf245#wal24
- 轉引自現代整理本轉引自現代整理本
- パーリ三蔵巴利 DN 16:4.1.4–4.2.2
- 大正藏大正藏 T01 no.5 p.165c–166a
- 大正藏大正藏 T24 no.1451 p.388c