ウルヴェーラ・カッサパはネーランジャラー川の岸に住み、火神に仕える結髪の修行者(髪を束ねて髻に結った苦行者)で、五百人の弟子を率いている。 大正蔵
パーリ三蔵
仏陀は彼の火を祀る小屋に泊めてもらい、小屋の中の毒竜を降し、その後さまざまなを現す。 大正蔵
最後に仏陀は、カッサパが(完全に解脱した者)ではなく、阿羅漢への道にもいないと率直に指摘する。
カッサパと五百人の弟子は祭火の道具をネーランジャラー川に投げ捨て、出家してを受ける。 大正蔵
主要な各部派の経典がこの出来事を記している。
異なる記載
カッサパの年齢:漢訳『根本説一切有部律』、仏伝『太子瑞応本起経』と『中本起経』は百二十歳とする。 大正蔵
仏伝『衆許摩訶帝経』は三百歳とする。 大正蔵
『方広大荘厳経』ではカッサパが自ら火を祀ること八十年と述べる。
記載の相違をさらに見る(3)
神通:南伝パーリ律典は仏陀が前後合わせて三千五百の神通を現したとする。
各本の記す神通の種類と順序はいずれも異なる。
大祭の時期:南伝パーリ律典は「大祭」とだけ述べる。
仏伝『太子瑞応本起経』は、マガダ国王と官民が年の節に七日間カッサパのもとで祝ったとする。
漢訳『五分律』は「明日の祭会」とする。
出家の順序:漢訳『増一阿含経』は五百人の弟子が先に出家し、カッサパが後に出家したとする。
漢訳『根本説一切有部律』はカッサパが弟子に問うてから一緒に出家したとする。
漢訳『十二遊経』はカッサパ三兄弟の教化を第三年に記す。 大正蔵
時期
成道第 2 年、仏陀三十六歳、前の冬。
南伝パーリ律典は雪の降る厳寒の時節と明記し、後世の註釈書は仏陀が雨安居の後ウルヴェーラーに三か月滞在したとする。
冬のこの三か月の内であることしかわからない。
関連項目
- 年
- 地名
- 人物
- 説かれた経
研究者向け資料:信頼度・年の根拠・全出典
- 信頼度の判定方法
南伝パーリ経典、漢訳『四分律』、漢訳『五分律』、漢訳『根本説一切有部毘奈耶破僧事』の四部派に記載があり、多部派共伝に属する。
- 年の根拠と時間の精度
経典の明記(経典自身が時期を記している)。
註釈書による(経典には記されず、後世の註釈書が時期を記した)。
時間の精度:月のみ判明。
出典
- パーリ三蔵巴利律 Kd 1:15.1.1–20.19.5
- 大正藏大正藏 T22 no.1428 p.793b–796b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.108a–109b
- 大正藏大正藏 T24 no.1450 p.131a–133c
- 大正藏大正藏 T02 no.125 p.619b–622a
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.480c–482c
- 大正藏大正藏 T03 no.186 p.530c–532a
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.611b
- 大正藏大正藏 T03 no.189 p.646a–649c
- 大正藏大正藏 T03 no.190 p.840c
- 大正藏大正藏 T03 no.191 p.958a
- 大正藏大正藏 T04 no.192 p.31b
- 大正藏大正藏 T04 no.196 p.149c–151c
- 大正藏大正藏 T23 no.1444 p.1027a
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 56a1–65b6
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.482c
- 大正藏大正藏 T03 no.187 p.613a
- 大正藏大正藏 T03 no.185 p.482b
- 大正藏大正藏 T22 no.1421 p.109a
- 大正藏大正藏 T04 no.195 p.147a
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 56a2
- 藏譯(德格版)德格版 D1 nga 65b1–65b6